目の前のひとは、おだやかにぼくを見ている。やわらかい瞳をしている。
「おはよう、征ちゃん」せいちゃん? ぼくのことか。
「おはよう。きみは誰」
ぼくはきみを知っている気がする。が、名前が分からないので、ただの既視感かもしれない。
「わたしは、実渕玲央。みぶち、れお。はじめまして、征ちゃん」
「はじめまして。ぼくは、赤司。赤司征十郎だ」
「ええ。よろしくね」
そう言って、目の前のひとはほほえんだ。
何度となく繰り返すはじめまして。彼が目を覚ますたびに、わたしは名前を名乗り、あいさつをする。
彼は忘れていく。恋をしたことも、愛したことも、いっしょにいたことも。きれいにどこかへわすれてしまう。
それがさびしくないかというとうそになる。わたしの存在を、かけらでもいいから記憶にとどめておいてよ。
そう思いながら、わたしは今日も、彼のそばにいる。あいさつから、恋をはじめる。いつかは、いつかはと願って。
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記憶をなくしてゆく赤司と恋をするレオ姉のはなし。毎朝赤司は恋に落ちて、レオ姉は毎日希望を捨てられずにいる。
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